義兄と私 ―ピアノ―


部活こそないものの、跡部さんちの養女である私は結構忙しい。
名のある家の一員というのは面倒臭いものでそれなりの教養が要請される
さもないと外に出せたもんじゃないからだ。(あの義兄殿はともかく。)

故に私も跡部家の一員であるからには、ということで行儀作法やら
ダンスやらピアノやら色々と稽古事をさせられていた。
庶民出身の私にとっては慣れない事だらけでどれもあまりうまくいってない
のだけれどこれも養女としての義務、例え義兄が事ある毎になじってこようが
逃げる訳にはいかない。


なんつーことはともかく、その時学校を終えた私はルンルン気分で
道を歩いていた。
今日は私の一番好きなピアノのレッスンの日なのだ。

稽古事はどれもうまくいってないというものの、ピアノだけは多少話が違った。
跡部さんちの子になる前からある程度は習っていたので丸っきり一からやり直し
なんてことにはならなかったし、元々音楽は大好きなせいか割と飲み込みが
早い、と先生にも言われている。
第一、自分で音を奏でるってのは楽しいものだ。

そりゃ、あの義兄殿にはかなわんけどさ。

ま、そういう訳で私は頭から八分音符を飛ばしながら帰宅した。
帰ってみると既に先生はいらっしゃっている、とのこと
で私は慌てて自室に走って着替え、楽譜を抱えて
1階のピアノを置いている部屋に走りこんだ。

気のせいか、メイドさんがクスクス笑っているのが聞こえた。



ポロン…ポロロロン…ポロン…

静かでバカ広い部屋の中にたどたどしいピアノの音が響く。
私は只ひたすら鍵盤に集中していて周りなんて見えない。
ここのところ練習している曲、とりあえず先生に弾いてみるように
言われたのだが…駄目だ、どうも間違える箇所が多い。
しばしば混じる不協和音に私は自分で弾いておいて自分で引きつっていた。

やがて1曲弾き終わるとそれまで黙って耳を傾けていた先生が口を開いた。

あー、大分注意されるな、こりゃ。

「大分上達しましたね。」
「へ…?」

予想外の言葉に私は思わず間抜けな声を出した。先生はニッコリと微笑んで

「まだミスは残りますがちゃんと流れが出来ている。
やはりさんも音楽的センスがありますね。」

この先生はなかなかに褒めるのがお上手である。
「も」という並列の助詞はおそらく私よりも長く教えている義兄のことが
頭にあると思われるので仕方が無いだろう。

「不思議ですね。」

先生はふと物思いに耽るような口調で呟いた。

「同じ曲でもあなたが弾くのとあなたのお兄さんが弾くのとはまるで違う。
お兄さんは自分を主張するように力強く弾くけれど、
あなたはどこかで自分を抑えてるかのように控えめな音を出す。」

…そーだったのか???
かなり自分らしさ全開で弾いているつもりなんだがなぁ…。

「だけど、」

先生は言葉を続けた。

「あなたは時々聞いている方がハッとするようなとても綺麗な音を出す瞬間が
あるんですよね。」

それから先生は何やらブツブツ呟いてレッスンを再開した。
結局先生が何を言いたかったのかよくわからないまま
その日のレッスンは終了した。



レッスンが終わっても私はそのままピアノの部屋に留まって弾き続けていた。
義兄は今日は部活が長引きそうだとか何とか言っていたから
当分帰ってこないだろう。
あいつがいる時はこっちがミスタッチをする度になんやかんやと
言ってくるからとても落ち着いてやってられない。
義兄がまだ帰っていない今のうちは心置きなく練習できるチャンスだった。

そして引き続けること大方1時間以上…。

「まー、今日のところはこんなもんかいな。」

私は楽譜をパタン、と閉じた。義兄はまだ帰ってきている気配が無い。ならば…
私の指が鍵盤の上を滑って、さっきまでの厳かなクラシックとは打って変わった
ポップ系の曲を奏でる。
私の一番好きな曲、それもTVアニメの主題歌。

義兄が聞いたら多分鼻で笑うだろうから決して彼の前では弾かない曲。
いつの間にやらついつい乗って、弾きながら歌っていた。

そうやって歌いながら弾き続けること、4分30秒。

パチパチパチ

突如響いた拍手の音にギクッとしてふと部屋の出入り口に目をやるとそこには…

「いっ、いつの間に」

格好つけてドアにもたれている義兄に向かって私は呟いた。

「さっき帰ってきた。そしたらお前の姿が無かったんでな、
探してたらここだって聞いた。」
「あの、もしかして…」
「聞いた、全部。」
「ぐぇっ、やっぱし。」

一番聞かれたくない奴に聞かれちまったよ、どーする私?!
まずい、絶対馬鹿にされる…。
私は引きつった顔で義兄の次の言葉を待つ。

「結構やるじゃねぇの。」
「へ???」

私は本日2度目の間抜けな声を出した。
この人が褒めるって行為が出来るとは…人って不思議だ。

「あんだ、褒めてやってんのにその反応は。」
「意外…いーえっ、別にっ!」
「ったく、お前は馬鹿な女だな」
「あ゛?」

いきなり馬鹿呼ばわりされたので私は思わず地を出してしまった。
義兄はそれには構わず言葉を続ける。

「確かに技術的にも芸術的にも俺の方が絶対お前より勝ってる。
だけどお前は時々俺には絶対出せねぇ音を出す。
聞いてる方が必ず目を覚ますような、な。」

今日ピアノの先生に言われたことと同じような台詞を義兄の口から聞いて
私はポカンとしていた。
義兄はそんな私の頭にポフッと手を置いて

「てめぇには自信が足りなさすぎんだよ。ちったぁ俺を見習ったらどうだ、ん?」
「嫌や。」

私は思わず反射的に口走った。

「あんたなんか見習ったら理性すっ飛んだ自己陶酔野郎になってまう。」
「アーン?」

跡部さんちに来てから私が初めてまともに反撃してきた為か、
義兄は眉をひそめた。

「おい、。お前、誰に向かって口利いてんのか、わかってんのか?」
「今、私の目の前におる偉そうな御仁。」

義兄の様子が変わった。いつもに似合わず、何やら顔を引きつらせて
全身をわなわなと震わせている。
あ…これは…もしかして、ヤバい???

っ、てめぇ!!」
「うわぁーっ、やっぱヤバかった!!」
「待ちやがれ!! 俺様を侮辱したらどうなるか思い知らせてやる!!」
「ひぇーっ、勘弁してぇなぁーっ!!」
「逃げんじゃねーぞ、コラァッ!!!」

この後、私は義兄に屋敷中を追っかけまわされた挙句とっ捕まり、
罰として彼から「特別ピアノレッスン」を1時間みっちりと受ける羽目になった…。




―ピアノ― End



作者の後書き(戯言とも言う)

何か、主題と内容がずれまくってる&無駄に長い(汗)
つーか、阿呆だ、主人公!!(←自分で書いといて突っ込む奴^^;)

実は撃鉄もピアノ習ってたりします。下手くそにも程がありますけど。
好きなアニメソングを自力でメロディ聞き取って簡単な伴奏をつけて
弾いてみるのが楽しいです。
テニプリ関係ならfuture、Driving Myself、Make You Freeが何とか楽譜なしで弾けます。

Long Wayは…前奏がうまくいかないので今は中断。



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